ナマケモノですが、意外とものを考えます

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離陸後の旅客機の安全阻害行為 いわゆるマスク拒否に関して

2020年9月、格安航空会社の運行する国内線で離陸前からマスク着用を拒否する人物の離陸後の行為が安全阻害行為にあたるとされ緊急着陸の後、降機するという事案が発生した。執筆時現在(9/12/2020)、コロナウイルスは収束はしておらず、人が密集する空間ではマスク着用は義務付けられていないものの以前国内全体で不文律である。マスク拒否者が強制降機したこの事案はコロナ関連ニュースに国民が敏感になっていることもあり、インターネット上のみならずテレビでも報道されている。本件の発端はwithコロナの社会で、「航空会社のマスク着用のお願い(当該航空会社はマスク非着用者の搭乗拒否とはしていない)」と「マスク着用を拒否できる個人の権利」の天秤だった。このどちらが優先されるべきかは正直わからない。(離陸前の対応についてだけ民事で争うとしたときどちらが勝つかはわからない)

しかし離陸後では、発端こそそうであれ論点はこの天秤とは異なる。降機とそれにともなう損害賠償の正当性を考えるための論点は、航空法第73条の定める安全阻害行為にマスク拒否者の行為があたるかどうか、この一点である。航空法第73条と照らして考えていく。

まず事実を整理したい。本件について執筆時現在分かっている事実は以下の通りである。

  • マスクの着用を拒否した男性(以下、男性)は、航空会社がマスク着用のお願いをしていたが、マスク非着用者の搭乗を禁止していなかったため搭乗できた。
  • 離陸前、男性と他搭乗客がマスクの着用について揉め、客室乗務員がマスク着用、それを拒む場合は周りに搭乗客がいない場所への移動を促したが男性は拒否した。
  • 男性が移動しなかったため周囲の他の搭乗客は他の座席に移動した。
  • 航空会社はこのときマスク非着用者の搭乗を禁止していないため離陸した。
  • 離陸後も男性は客室乗務員を呼び止めるなどし静まらなかった。
  • 機長は男性の行為が航空法第73条の定める安全阻害行為に当たるとし乗務員を通じて警告書を行為の停止を要請したが拒否したため、機長の判断により目的地ではない空港に緊急着陸し男性を強制降機させた。
  • 男性の諸行為が航空法第73条の4第5項の違反、威力業務妨害などで起訴されるかは執筆時現在、明らかではない。

これら以外にも様々な情報を男性本人のものと思われるSNSアカウント、搭乗者を名乗るものが発信しているが、食い違うことがあり定かではない。

機内で刻々何が起きていたかは分からないが、上の情報は各メディアも等しく伝えており信用に足ると判断した。

次に航空法第73条を参照したい。

第七十三条の三 航空機内にある者は、当該航空機の安全を害し、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産に危害を及ぼし、当該航空機内の秩序を乱し又は当該航空機内の規律に違反する行為(以下「安全阻害行為等」という。)をしてはならない。
第七十三条の四 機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる
2 機長は、前項の規定に基づき拘束している場合において、航空機を着陸させたときは、拘束されている者が拘束されたまま引き続き搭乗することに同意する場合及びその者を降機させないことについてやむを得ない事由
がある場合を除き、その者を引き続き拘束したまま当該航空機を離陸させてはならない。
3 航空機内にある者は、機長の要請又は承認に基づき、機長が第一項の措置をとることに対し必要な援助を行うことができる。
4 機長は、航空機を着陸させる場合において、第一項の規定に基づき拘束している者があるとき、又は同項の規定に基づき降機させようとする者があるときは、できる限り着陸前に、拘束又は降機の理由を示してその旨を
着陸地の最寄りの航空交通管制機関に連絡しなければならない。
5 機長は、航空機内にある者が、安全阻害行為等のうち、乗降口又は非常口の扉の開閉装置を正当な理由なく操作する行為、便所において喫煙する行為、航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為その他の行為であつて、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために特に禁止すべき行為として国土交通省令で定めるものをしたときは、その者に対し、国土交通省令で定めるところにより、当該行為を反復し、又は継続してはならない旨の命令をすることができる。
(技能証明書を携帯しない等の罪)
第百五十条 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
五の三 第七十三条の四第五項の規定による命令に違反した者

また、安全阻害行為を以下のように定める。

第百六十四条の十五 法第七十三条の四第五項の国土交通省令で定める安全阻害行為等は、次に掲げるものとする。
一 乗降口又は非常口の扉の開閉装置を正当な理由なく操作する行為
二 便所において喫煙する行為
航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為であつて、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持に支障を及ぼすおそれのあるもの
四 航空機の運航の安全に支障を及ぼすおそれがある携帯電話その他の電子機器であつて国土交通大臣が告示で定めるものを正当な理由なく作動させる行為
五 離着陸時その他機長が安全バンドの装着を指示した場合において、安全バンドを正当な理由なく装着しない
行為
六 離着陸時において、座席の背当、テーブル、又はフットレストを正当な理由なく所定の位置に戻さない行為
七 手荷物を通路その他非常時における脱出の妨げとなるおそれがある場所に正当な理由なく置く行為
八 非常用の装置又は器具であつて国土交通大臣が告示で定めるものを正当な理由なく操作し、若しくは移動させ、又はその機能を損なう行為
第百六十四条の十六 機長は、法第七十三条の四第五項の規定により命令をするときは、同項に規定する安全阻害行為等をした者に対し、次の事項を記載した命令書を交付しなければならない。
一 当該行為者が行つた安全阻害行為等の内容
二 当該行為を反復し、又は継続してはならない旨

(特に今回の事案に該当し重要な箇所を太字にした。)

つまり、乗務員の業務の遂行を妨げ、航空機の安全の保持に支障をきたす恐れ、乗員乗客の財産に危害がおよぶ恐れ、機内の秩序を乱す恐れのあるものは、保安上の理由から機長の判断で降機させることができるのである。

航空会社も緊急着陸と降機について、マスク着用拒否ではなく安全阻害行為が原因としている。

離陸前の搭乗客の座席移動や緊急着陸などで大幅な遅れが出たことは、そもそも搭乗拒否で防げたはずという人もいるだろう。しかしそれは間違いである。当該航空会社を含む国内の航空会社19社でつくる定期航空協会は、「機内座席ではマスクの着用を要請すること」としているが、要請には法的拘束力はなく航空会社は搭乗拒否はできないのである。

航空会社は男性を搭乗させるしかない。しかし離陸後も男性はごね続け、想定される業務範囲を超えて故意に客室乗務員をつきっきりにさせた。病気などの緊急時を除けば、複数いる乗務員のうち1人であっても故意につきっきりにさせてはいけない。なぜか。

客室乗務員は我々乗客の目線では機内サービスを行う乗務員の側面が大きいが、より大事な業務を機内で行っている。それは保安業務である。機内サービスの質には確かに格安かレガシーかで差があるだろうが、保安業務だけは怠ること質を下げることは許されない。客室乗務員は、離陸後もそれぞれの担当区分に従い、泥酔者や具合の悪い乗客、危険物、ハイジャックに発展する恐れのある人物などを発見するよう目を光らせる。そして緊急時には、避難誘導やハイジャックが発生した場合などは犯人への対処も客室乗務員がしなければならない。それは乗務員自身の命を守るためでもある。

飲食の購買や常識的な要望に答えるなどは、客室乗務員はもちろん想定しておりその想定の上で保安業務も行っているが、それらの範疇を超えて乗務員を空間的時間的に拘束することは、保安業務の執行の妨害なのである。操縦士はコックピットから離れることはできない。すべての旅客機に警察官や医者が必ず1人ずつ以上搭乗しているなんてことはない。何かあったときに必ず対応してくれるプロは客室乗務員だけなのである。そんな乗務員を緊急時を除き故意に釘付けにする行為は、なんであっても許されない。

そして、機長や乗務員の行為の停止指示にも関わらず乗務員の保安業務に支障をきたすものは、空の密室に居合わせるすべての乗員乗客の命のために拘束か降機をさせなければならないのである。(航空法第73条4の2項,3項)

あなたは、乗員がいざとなっても客室に駆けつけられない操縦士だけの空の密室に命を預けて旅行をしたいか。

離陸前の客室乗務員の対応が最適ではなく航空会社に不手際がなかったとは言えないとしても、離陸後の男性の行為は安全阻害行為であり降機は正当なのである。